元気っ子
No. 72 平成16年2月2日

★   もうだいぶ前の話になりますが、年長(ライオン組)の女の子が、大雪が降った朝、窓から山のほうを見て、『わあ、山がきれいやな!私、こんなとこに住んでいて、幸せやわ!』といったので驚いた、という話をその子どものお母さんが語ってくれたそうな。 私はそういう感性がこれからの人生を美しく生きていくのにとても大切だと思っています。空や山を美しいと感じたり、物事の考え方を左右する感性は、教えて教えられるものではなく、人的な環境を含めて自分が暮らす周りのすべての環境から影響を受けて、・・・・そしてそのように育っていくものです。

今の時代、大人は子どもに教えよう教えようとしますが、良い環境を与えて子ども自身がそこから色々なことを感じたり、学んだりしていくようにすることが大事だと思っています。

子どもは育てるものではなく、子どもは自ら育つものです、周りの環境によって。

★    ミセス2月号に「小錦」の話が出ていました。面白い話なのでご紹介します。

小錦はご存知のようにハワイ出身で、大家族の中で厳しくしつけられて育ったそうです。日本の相撲界のオキテは封建的な形が色濃く残り、新人にとっては大変辛抱のいる世界で、特に外国人の小錦にとっては大変だっただろうと思うのですが、『とにかく前向き、絶対に落ち込まない僕の性格は親のしつけのおかげ』と言って次のように乗り切っています。

最初に来た頃は言葉や習慣もわからず、自分のことを笑われているように感じて落ち込んだこともあったが、言葉が判らない分、態度や行動で誰にも負けないように頑張った。「ちゃんこも掃除も洗濯も誰にも負けないって。こんなでかい体でシンクの下の床まで膝を突いてピカピカにしたら先輩に『おい、お前すごい掃除が上手だな』って言われた」と。

 また、家族や父親を尊敬していて、『特にパパはハートで訴える人だったから。どんなに怒っても最後は人を許すことができるもの。それが不思議でしようがなかった。あんな人間になりたいと思いながらずっと努力しているんだけどね。』、そして今の社会は矛盾が多く、純粋では生きられない、『純粋なこころでなんでもできた子どものころの思い出は宝物だな』とも言っています。

 また、小錦はハワイの生まれ故郷の7つの小学校から35人の生徒を毎年1回、1週間ほど日本に招待し色々なところを見学させたり、日本の小学生たちと交流させたりというボランティアをずっと続けています。

★    ずっと以前にも一度書きましたが、市川先生が学研のラポムという保育雑誌に「異年齢児集団保育」について今年の4月から1年間連載して執筆します。異年齢児集団保育についての執筆は、これまで1年目京都の室田先生(ながさわ保育園に何度か講演に来ていただいた方)、2年目長崎の桑戸先生と続きましたが、市川先生が3人目です。これまでのお二人は園長先生ですが、市川先生はずっと現場ですから、現場を預かる全国の保育士たちにとってはカリキュラムをはじめ、理解しやすい記事が書けるんじゃないと私も励ましています。

1年間の執筆は大変だと思いますが、みんなで応援をしたいと思っています。記事はその都度掲示する事にしますので、お母さん方も是非読んでいただきたいと思います。

ラポム2月号に執筆園の紹介として「ながさわ保育園」が紹介されています。玄関の掲示板に「ラポム2月号」がかけてあります。付箋がしてあるページです。


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